ユーフォリア・スタディ。

メンタルこじらせ系投資ブロガー。

2021-01-26から1日間の記事一覧

今日の〆

場面を切り取ったような文章を今日は書いた。 長い文章が書けないから一部だけの描写だな。 もっと書けるように頑張ろう。 いい一日。 明日も休みだから有効につかうぞ。

答えを留保して

話の筋がどうなっているかを答えより優先して取り入れるようにしよう。 おうおうにして結論より筋道のほうがタメになったりする。 ラジオだな。

小説をもっと読むべきか

ぜんぜん読めてない 伊坂幸太郎の作品をちょこ読みしたくらいか。 あとは村上春樹を好き勝手に読んだ。 メンがヘラっているときは春樹の人生観がかかれている部分しか読めなかった。 小説家になるにはまだまだ準備がたりてない まずは自分のことがおぼろげな…

思い出。

そこにあって、ないもの。 いつもあって、ないもの。 ありそうで、ないもの。 できるだけの努力。 手にした栄光。 薄汚れたジャンパー。 勝どきをあげろ。

遅れてくる理解

実感を伴った理解というのは後からやってくる あれやこれやと動いたあとに。 やっぱ仕事やったあとが一番いいアイデアが出る。 現実社会とコミュニケートしたあとだから。 部屋でカタカタしているより発想のレベルから違う。 作業所を大切にしよう。

機が熟すまで

待っていられるか。 熟す前にとりにいく。 今の僕なら あたって砕けろ。 行動の習慣が必要。 今なんになるかわからなくても なにかにつながりますように。

言い過ぎるか言い足りない

内田樹さんが文章についてそういっていたのを思い出す。 仕事でも多すぎるか少なすぎるかのどっちかに偏る。 自分の言葉を考えるときに参考になるのは先達の著者たちだ。 文章のリズムというのは、なんとなくつかめているように思う。 あとは内容をうまく掬…

文章にすることは

広い意味で自分と向き合うことだ。 なにがでてくるかわからないブラックボックス。 考えもまとまっていない断片でころがっている。 そしてもっと内奥には自分では思いもよらないこともあるのだろう。 ひとつずつ拾えるところから拾っていく。 そういうこと。…

絵の上達と文章の上達

絵に比べて文章の上達はわかりずらい。 文章はうまく書けたり、書けなかったりしたときの落差が大きい。 まぁうまい文章とはなにかとかは今はいうまい。 とにかく量を積み上げていくことだろう。 そう思う。

読むと書くの間

こんだけ書くのに苦労しているということは。 僕の読解力もいまいちだったのかもしれない 読みたいところだけ飛ばし読みしていたからね。 ところここによってもっとちゃんと読みを入れてたほうがよかった。 とは言わない。 自分の問題に対するプレッシャーか…

どんなに下手くそでも

書くことが読むことに勝る。 今の僕には。

ちっぽけな自分

に気づかされる。 本の世界に逃げ込めばラクになれる。 けど、それじゃもういけないんだ。 現実社会に打って出なくては。 その焦燥と悲しみをくぐり抜けて どこへゆく。我。

なにものかであること

お金を稼いで自活していること。 そういうことだ。 経営者になる、という漠然とした過去の目標は フリーランスで自活するというものに切り替わった。 自分のできることはなにか 今はブログでだべっている。 雑談だな。

1日30エントリ

を目標にミクシィ日記ではしていた。 内容はない。 ただ書く練習をしたかった。 自分がどこまでいけるのか 集中モードに入るときもあれば ダラダラモードとか ぜんぜん文章にできないときとか。 いろいろだ。 とにかく文章を書いていたい。 なにを書くか決め…

なにかしたい

と なにもしたくない が併存している。 行動は起こし続けないと意味がない。 夢想はベッドで寝ててもできる。 なまけものなので後者がいいなと思ってしまう。 だから今、この状況なんだろう。 今の自分から脱したい自分と 今のままなぁなぁで行きたい自分と…

言葉の空白

言葉について考えている。 テーマはなにか それは定まらない。 定まらない状態で公開していこうか。 とにかく文章が書きたい。 でも内容がなかったり、慣れてなかったり。 ワナビだ。 自分なりの方法論を見出したい。 夢想を語るブログ。 そゆこと。

絵を描くように

下書きも公開しているのが今の我がブログ。 もっとうまく書きたい。 だがテーマをうまく掬いとれずにいる。 掬いとれずにいることをネタにしている。 自分がどこにいくのか。 自分から設定していかないと 流されるばかりで沈没不可避だろう。 そういう危機感…

知識はある

知恵が足りない 自分で知識を使ってみないと その現実の触感を感じることはできない 頭でっかちだからな。 なんとかしたい。

書いたほうがいいのか

書けそうで書けない そういう部分をもつ文章は 書いたほうがいいのだろうか。 うまく表現できないのだが。 文章書きのためらいばっか書いている。 準備運動だと思って自分を慰める。 なにを求めているのか? なにがしたいの?

自分の位置関係

成功法則をつかってモリモリ成功! というノリではない。 着実に今自分が世間でいうところのどこぐらいいて これから何を目指すのか? を詳らかにしたい。 言葉について言葉で考えている。 たぶん身体もつかったほうがいい。 実のある結論がでなくても備忘録…

書こうとしているものが

すでに書かれているのではないか。 たぶん、書かれているのだろう 文章に表すのがちょっと怖くなっている。 いきなり意味のあることを書くのは難しいな。 やれやれ。

総括

何を求めていたのか 安心 安全 金銭 他。 求めているものはあった 本さえ読んでいれば 知識さえあればすべて手に入ると思っていた。 だが、そうではなかった 世界は日々変化している。 自分も変化していかなけければいけない。 でないと日々の生活に支障がで…

書けることを探しながら

書いて発表する。 それがこのブログ 自分になにが書けるのか まだなにもまとまったものは書けていない 書けていないという状態を書いているばかりだ。 やれやれ

出来不出来

どこまでいけるか それはわからない 歌にもあるように 歩みを止めたところがゴールなのかもしれない 自分の存在を社会に打ち出したい 生活してゆくために 自分になにができるかを探しながら 自分で自分をモニターしていく。 できることはあるか。

空と君のあいだに

わけがわからないこと 自分ができること 自分がし続けていること その中に なにか答えのようなものがあるのかもしれない 抽象的に悩んでいたので 具体的にこれと指ししめすことはできない。 あのとき ここではないなにかを求めていたし なにか自分とは違うも…

メンヘリスト

言葉にできること 考えながら 考えてもみなかったこと 書き出すことで引き出される意味 何を求めているのか 何を切望していたのか 今となっては賞味期限が切れてしまっている。 だけれどそれを検証することは次につながるだろう そういうこと。

神社参り

お賽銭になやむ。 小銭がないときもある 頻繁に参るので一回10数円のお賽銭だったりする 参ることが大切だと思う。

冷静とメンヘラのあいだ

自分を自分であんまりメンヘラと思わなくなった。 通院もデイケアもいっているけど。 メンヘラと思うと気持ちが塞ぐ。 ふつうに生活できているならそれでよし。 メンヘラという言葉に人生を乗っ取られることもない。 自分は自分だ。 メンヘラになったからと…

今日のはじめ

いつものように。 神社参ってこようかな。 歩いて。 今日も一日はじまります。