知的生産とは付加価値をのせた情報の生産のことである。

書斎もとい自分の部屋をクリアリングしている。

本も1000冊くらい処分した(ほとんど自己啓発)。

収納法は必要なく据え付けの押入れとか本棚とかだけでやりくりしている。

けっこう知的に刺激的なのであった。

 

これは書斎をつくっているのだと思うことにして知的生産とは何かと考察していた。

ブログを書くことやツゥイートすることもそうだろう。

ブログのほうがガンガン頭をつかうのでストレッチにぴったりだ。

ブログ文化はよい。

 

今まで精神の隘路から抜け出すためだけにブックオフの108円棚を総なめしてきたのだが、もうそのひつようもなくなり、図書館でも同じようにスポット借りするだけになっている。

 

なので書き始めようと蓄積を整理していこうとしてこのブログをやっているのである。

 

おしゃべりに苦手意識はないが、書くことは自分の内奥から吟味せねばならず、すなわち自己対話を要請するので苦しい。

要は、スイスイ書けるときと壁に頭をガシガシやって0行というときもあるのである。

 

お気に入りの本を読んで頭を回してからだと書きやすいときもある。

 

そんなかんじ。

デイ感想戦

・今日の貢献度はそれほどでもない

 

カラオケで鷲崎健のワルツを熱唱したのだが反応が薄くてさみしいったらなかった

 

もうひとりわけぇやつで歌を練習してるやつがいるから張り合いが出てきた。

 

・朝のミーティングは和室でパスさせてもらう。

できるだけ無意識にストレスになるようなことはかわしていく。

明日のパン工房がいざ鎌倉なのだ。

 

・頭がおもいとか気圧がアレだとかあるけど、多少の不調でも身体が大丈夫ならナァナァで動かしていくことに決めた。

万全の調子である可能性も減ってくる年頃なのだ。

 

万事よし。

今日はデイケア

あしたのパン工房の出陣式の前にもブログを書き散らしていこうと思っている

 

デイケアではスタッフさんの手伝いをしている

いわれるのではなくあくまで自主的に

憂鬱なときでも頭をスッキリさせてくれるし。

 

よし。

 

書きたいものが書けない。それは書きたいものが存在するといえるのだろうか問題。

なにかを書こうと、この一週間おもってきた

メンヘラ歴、

これからのこと

仕事関係。

 

それらを考えるために本や記事を開くのだが、進まない。

それらは畢竟他人様の考えでしかないからだ。

 

この具体的な私から発したといではないのだ。

なにをかけばいいのかなんてどこにもかいていない

 

教科書的に考えることをやめよう

自分自分の答えをバズらないこと必須でも論旨がまとまっていなくても

バリューゼロでも書記していこうと思う。

そのプロセスに価値が宿ることを信じて。

ツイキャスがやりたい

あり方について

メンヘラりからのリカバリーについて

バンカーショットのうちかたについて

自分の病的な精神構造の組成を組み替えるには

完璧にやるには10年

最低3年はかかるだろう。

もちろん、ふつうの生活をしもってということだけれど。

 

精神の問題からの蘇生は牛歩の歩みだ。

 

アイジャグを信じれなくなった日

スロをひさびさに1000円だけやった。

どんだけ期待値ある台を探そうとも、今日はペカる!という霊気が沸いてこなければ出ないわ。

履歴のいいやつより、履歴のわるい大きくへこんだでいるやつをやれば新天地になれたかと反省。セオリーでは成長はできないのだ。

 

 

簡単にインプットできる情報は大したことないって話し。

図書館の本

youtubeで聞き流す動画

それらは僕を満足させなくなってしまった。

 

自らの演習

体験・経験

そういうものが必要になってきた

 

主体的学習とはすなわち自己変革を要するものだ。

安全つまりセーフティな学習ではイノベーションはおこらない。

メンタル就活

佐藤可士和の整理術はとても使える。こんまり本の次の一冊。

捨てる→整理→収納→再び捨てる

のルーティンを回す。

 

・27歳、高認中卒。英検2級と普通免許くらいしかアピールできる資格なし。

正規バイトも3ヶ月くらいしか続いたことないし、いきなり正社員はキビシイのだろうな。

でも、せどりとかで若さを消費してしまうのはヤだ。

6ヶ月~1年くらいで取れる資格で履歴書を補強せねば。

目隠しの就活。

アウトプットをしなきゃと思う

書くことがまとまらなくなってひさしい

コミットしなきゃと思う。

 

今までインプットしすぎでアウトプットをかんがみてこなかった。

というわけでこの文章を試みに書いているわけだけど。

 

メンヘラ・メンタルはガラス張り。

対人でも相談出来る人をみつけるのはしなん。

僕の場合、メンヘラーズの聞き手になることが多いので相談することはすくない。

 

相談してもものたりないのだ

社会一般で生活できているひととは一種の隔絶を感じる。

これは批判ではない。

僕はこころを固めて働きたいのだから。

メンヘラによりそうと社会と遊離しやすくなり

社会人によせるとメンヘラのこころがわからない。

ハイブリットのカウンセラーになると給料が安い。

 

なんてこった!

 

方法論によるトレーニングというのはすなわり自己変革だ。

一気にする気力がない。せっかくわいてきた気力までもっていかれるようで。

メンヘラの就活はがんばればできるけど、自分を守るためには控えておいたほうがよい

というカテゴリが多いと思う。

自分で調節しなければならない。

こころの気象衛星と連携しGOサインがでそうなときは攻め、NOサインがでているときはエントリを書いたりする。

 

そういうことだ。

 

 

デイケアは社会へのロイター板なのだ。

かまってちゃんを前回にしつつデイケアにいる。

だが元リア充たちが自然にしていることを自分ではできないわけだ

 

ひとつのまとまりのなかで幹事的なポジションをすることができれば、

そのうちリア充グループとの接点もうまれるのではないか。

 

・若者就職系の本を読んだ。

もう図書館にあるやつはよみつくした

次からは、ゼロ秒思考のノウハウである、問いをつくりそれに答えていく。

というメソッドをやってみる。

自分に最適な解というのは、結局、自分で生み出していくものなのだろう。

本にはかいてない。

 

今ならそれがわかる。